「スリ」(黒木和雄監督版)

 アルコール依存症で手が震え、仕事にならない初老のスリの男と、彼を取り巻く人物たちの人間模様を描いた黒木和雄監督による2000年の作品である。製作はアートポート=衛星劇場。キネマ旬報ベスト・テン第7位。大阪・九条のシネ・ヌーヴォで開催中の特集上映「没後十年 黒木和雄映画祭」で鑑賞した。

 原田芳雄演じる海藤は廃ビルの屋上に住んでおり、その管理人をしているが、本業は電車内でのスリである。しかし、アルコール依存症の影響で腕はめっきり落ちている。海藤のスリでのパートナーが、レイという娘(真野きりな)だ。孤児で施設にいたレイを、海藤が引き取る形でずっと面倒をみてきたのだった。

 レイはある日、電車内で挑発的な服を着て乗客の男に体を触らせ、その間に財布を抜き取っているところを刑事に見つかる。レイはとっさに近くにいた金髪の青年のポケットに財布を入れ込んで、自分は何もしていないと主張するのだが、これがきっかけとなって、金髪の青年・一樹(柏原収史)と付き合うようになる。一樹はレイが反対するなか、自分もスリになりたいと、強引に海藤に弟子入りを志願し、認められる。

 海藤に思いを寄せる女性もいる。断酒会を主宰する鈴子(風吹ジュン)である。海藤は断酒会に一度参加するが、それっきり欠席を続けており、心配になった鈴子は廃ビルの屋上に海藤を訪ねていく。このほか、海藤の動向を常に監視するベテラン刑事だが、人間としての海藤が好きなようで、アルコール依存症からなんとか立ち直らせたいと思う矢尾板(石橋蓮司)がいる。

 矢尾板を除く主な登場人物はみんなダメ人間という設定になっており、ストーリー的にも面白い。ユーモラスでありながら切なく、渋く深みのある演技をみせた原田はキネマ旬報主演男優賞。俳優陣で健闘が光ったのは柏原と真野だ。2人の役は映画において極めて重要だった。原田扮する海藤が、孤児から育ててきたレイの幸せを願っているところは、バックボーンになっている。柏原と真野が原田との絡みで、嫌みなく、生き生きと力強く演じており、ドラマを盛り上げるのに大きく貢献していたと思う。この映画は初鑑賞だが、愛すべき雰囲気があり、とても気に入った。

 もう1人覚えておいてほしい人がいる。レイの兄で、彼女と一緒に海藤に面倒をみてもらっていたが、その善意を信じず、反抗的な態度とり、飛び出してヤクザになったアキラだ。このアキラを演じた人こそ、プロボクシングの元WBC世界スーパーフライ級王者で、6度のタイトル防衛に成功した川島郭志である。 私は小学校高学年からの大のボクシングファンなのだが、引退後の川島がこんなレベルの高い映画に俳優として出演しているとは知らなかった。
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「原子力戦争 Lost Love」

 原子力発電所での放射能漏れ事故を巡る地元の総力を挙げての隠蔽、秘密主義を批判・告発した田原総一朗原作の映画化である。1978年の文化企画プロモーション=日本アート・シアター・ギルド作品で、監督は岩波映画製作所での田原の先輩にあたる黒木和雄。脚本は鴨井達比古。大阪・九条のシネ・ヌーヴォで開催中の特集上映「没後十年 黒木和雄映画祭」で鑑賞した。

 東北のある海岸で心中事件とみられる男女の遺体が発見された。男は原発の技師だった。東京の本社から左遷され通信部で勤務するベテランの新聞記者・野上(佐藤慶)は、背景に原発内の重大事故が絡んでおり、心中事件ではないとみて調べ始める。一方、東京から死んだ女のヒモだったヤクザの坂田という男(原田芳雄)がやってきた。坂田は女が約束の期間を過ぎても戻らないため、心配になったのだ。坂田は自分の女が心中したと聞いて驚き、そんなはずはないと、こちらも真相の追及に乗り出した。

 しかし、精力的に動く坂田に対しては地元の警察やヤクザから様々な妨害が入り、最後は無残な形で殺されてしまう。野上には、本社から、原発を巡る取材は一切中止するようにとの指示が下る。本社に帰って記者を続けたい野上はこれに従い、平時の取材活動に戻る。自分の女の死と原発事故。観点は違ったが、一時は協力して真相を解明しようとした坂田と野上。映画は2人の対照的な姿を捉えて終わる。

 撮影は、福島県いわき市に合宿し、東京電力福島第1原発、第2原発の近くで行われた。事前に映画の内容を知っていた東電側は警戒し、もちろん関連施設への立ち入りを禁止。坂田役の原田とスタッフたちが施設へ入ろうとして門前で制止されるところは、映画のシーンでそのまま使われている。

 1978年の公開当時、この映画は問題提起の中途半端さやサスペンスとしてのエンターテインメント性などの点で、高い評価を得られなかった。しかし、2011年3月の東日本大震災発生に伴う福島第1原発事故を受けて、原発にかつてなく厳しい視線が注がれている今、改めて観ると、そのシャープな問題提起や先見性を認めざるを得ないだろう。また、ドラマとしても面白く、なかなかうまくまとまっているように思う。

 冒頭の海岸において遺体で発見された原発技師のミステリアスな美人妻役として、世界的レベルで活躍した日本のファッションモデルの草分け的存在である山口小夜子が出演している。昨年、彼女のドキュメンタリー映画「氷の花火 山口小夜子」を鑑賞して感動したところであり、その点でも興味深かった。

「あるマラソンランナーの記録」

 1964年10月の東京五輪を目指し、地道で過酷な練習を重ねる八幡製鉄(現・新日鉄住金)所属のマラソンランナー、君原健二の姿を追った黒木和雄監督による長編記録映画である。富士写真フイルム(現・富士フイルムホールディングス)の創立30周年記念で、1964年の東京シネマ作品。大阪・九条のシネ・ヌーヴォで開催中の特集上映「没後十年 黒木和雄映画祭」で鑑賞した。

 岩波映画製作所出身でドキュメンタリー畑育ちの黒木はもともと劇映画志望だった。この「あるマラソンランナーの記録」が高い評価を得て、黒木は念願の劇映画に進出することになる。第1弾となったのが「とべない沈黙」(1966年、日映新社=東宝)である。

 君原選手はよく走る時だと1カ月でシューズを履きつぶしてしまうと、インタビューで語っている。その直後に数々のシューズを映して、オープニングのタイトルが出る。映画はもっぱら、日々の練習やタイムトライアル、駅伝大会などに挑む君原選手を捉える。一流のマラソン選手の競技生活は故障との闘いになることが多い。君原選手も自分をコントロールできず、つい練習をやりすぎて腰やひざなどに故障が起き、苦悩する。競技以外のプライベートなことには踏み込まず、大きなドラマが起こるわけではないが、苦しい練習に明け暮れる君原選手の様子とコメントが、人生の応援メッセージになっているかのようだ。

 映画完成の時点では東京五輪の結果は出ていない。君原選手は8位だった。次の1968年のメキシコ五輪では銀メダルを獲得。1972年のミュンヘン五輪にも出場し、2大会連続のメダル獲得はならなかったが、堂々の5位入賞を果たした。マラソンランナーとして偉大な実績を残した君原選手だが、長い競技生活の中で、ただの一度も途中棄権したことがないのが彼の勲章になっている。

新作星取表2017-2

【日本映画】
「僕らのごはんは明日で待ってる」★★★

【外国映画】
「ミス・シェパードをお手本に」(英)★★★
「こころに剣士を」(フィンランド=エストニア=独)★★★★


【採点基準】
★★★★★  90点~100点
★★★★    80点~89点
★★★     60点~79点
★★       40点~59点
★         0点~39点


 「こころに剣士を」は、1950年代初頭のスターリン政権下にあったソ連に属していたエストニアのある町を舞台に、秘密警察に追われる元有名フェンシング選手と子供たちの心温まる交流を実話に基づき描く。

 エストニアは独ソ戦でナチス・ドイツの占領下に置かれ、主人公のエンデルは一時ドイツ軍に所属、後に脱走した過去があった。エンデルは偽名を使うなどして各地を転々とし、ハープサルという町で中学校の体育教師の職を得る。

 エンデルは子供嫌いだったが、1人の少女がフェンシングを教えてほしいと頼んできたことがきっかけとなり、木の枝を剣の代わりにして課外活動で指導を始める。校長は、フェンシングは労働者階級にふさわしいスポーツではないと反対。エンデルに不信感を抱いた校長は、彼の身辺を洗い出し、秘密警察に通報する。

 スターリン時代の抑圧された社会の雰囲気がよく伝わり、その圧政によって父親を失った生徒たちとエンデルの絆が強まっていく様子は感動的だ。エンデルに好意を寄せる同僚の女性教師とのエピソードもありふれてはいるがなかなかいい。エンデルにフェンシング指導のきっかけをつくった少女をはじめ、子供たちの演技もうまい。終盤まで文句なしに★5つを与えられる展開だったが、クライマックス、ラストの描き方が物足りずに、余韻がいまひとつ残らない。終盤までの貯金があり、全体的には高く評価できるが、本当に惜しい。クラウス・ハロ監督。

新作星取表2017-1

【日本映画】
「ぼくは明日、昨日のきみとデートする」★
「海賊とよばれた男」★★★
「ミュージアム」★★★
「土竜(モグラ)の唄 香港狂騒曲」★★

【外国映画】
「幸せなひとりぼっち」(スウェーデン)★★★
「フィッシュマンの涙」(韓国)★★


【採点基準】
★★★★★  90点~100点
★★★★    80点~89点
★★★     60点~79点
★★       40点~59点
★         0点~39点


 年末年始に鑑賞した6本だが、特に好みの映画はなかった。「土竜(モグラ)の唄 香港狂騒曲」は三池崇史監督、宮藤官九郎脚本のコンビによるシリーズ第2弾。広域暴力団「数寄矢会」の会長検挙を目指し、組織の内部に入り込み、傘下の組の若頭にまでなった警視庁の潜入捜査官・菊川玲二(生田斗真)の前に、今回は思わぬ難敵が現れた。警視庁の組織犯罪対策部の課長に30代の若さで就任した超エリートの兜真矢(瑛太)である。

 兜は潜入中の玲二を逮捕するために動き出した。兜の父はかつて巡査で、あるヤクザを更生させようと誠意を尽くしたにもかかわらず、そのヤクザに殺されてしまった過去があるというのだ。そんな兜にとって、ヤクザと癒着しているように映る菊川は許せない存在だった。しかし、兜はただそれだけの人物ではなかった。

 よく言えば、パワフルだが、ハチャメチャな展開が目立ち、ストーリーもあまり面白くない。スタート直後はついていけない感じだったが、それでもだんだんと退屈せずに観られるようになってくる。前作も鑑賞していて、その内容を思い出してきたし、やはり俳優陣がいいからだろう。数寄矢会の会長の娘(本田翼)をヒロイン役として登場させ、最後まで主人公の玲二と絡ませたところは良かったし、チャイニーズマフィアのヒットマン役を演じた菜々緒のアクションシーンも目を引いた。
プロフィール

Author:佐藤安律
(さとう・やすのり)
1965年生まれ。大阪市立大学法学部卒。産経新聞記者として20年7カ月勤務し、政治部、夕刊フジ、大阪経済部などに所属。政治部では、厚相時代の小泉純一郎元首相、元自民党幹事長の野中広務氏らを担当した。産経新聞の年間連載「こども大変時代」で、取材班としてファイザー医学記事賞優秀賞を受賞。2011年7月末に依願退職して独立。大阪市在住。得意分野は日本映画、政治、医療問題。原稿の依頼などコンタクトはyasunori7373@yahoo.co.jp

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