佐藤安律の「ニュースサイト1045」
元産経新聞記者で「炎のジャーナリスト」が、政治全般と映画(主に日本映画)を中心にマイオピニオンを発信します。あるべきブログの姿をめざして順次内容を刷新しています。2017年6月27日付で「佐藤安律の『映画と政治のブログ』」から名称を変更しました。
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続・政治家と番記者
 報道機関の永田町取材の特徴は番記者にあると前に書いた。その続編という形でもう少しだけ触れておきたいと思う。

 番記者は担当する有力政治家に密着して取材するのが基本スタイルだが、原稿も書かないといけないし、平時には完全に密着できているわけではない。しかし、政局になると、番記者は朝、政治家が家を出るところから夜帰宅するまで終日追いかけ、土日や祝日も関係なく、密着を試みる。もちろん、政治家に隠密行動をとられたら、そこの部分はわからない。

 そういう日々を送る番記者が、担当する政治家と親しくなる機会が多いのは当然だろう。表面的な報道だけでは見えない、その政治家のいい面に接することも少なからずある。

 よく批判を受けるのは、番記者と有力政治家の距離が近くなりすぎ、評論を書かせたら、提灯記事になっているということだ。そこは記者の姿勢、バランス感覚による。

 番記者の立場から最も困るのは、担当する有力政治家と相性が合わないケースだ。仕事だから、自分を殺して接しようと努力しても限界がある。政治記者の場合は取材相手、つまり政治家との人間関係が極めて重要になるので、相性が悪いとお手上げに近く、いい仕事はまずできない。

 それでは番記者としてやりがいを感じるときはというと、その逆だ。担当する有力政治家と相性がいい、あるいは好きなタイプの政治家で、魅力を感じる場合だ。番記者だけでなく、一般の人でも政治に興味を持つようになる近道は、好きな政治家、魅力を感じる政治家を見つけることだと思う。

 私が産経新聞政治部に所属していたのは橋本龍太郎政権の途中から小泉純一郎政権の初期までなのだが、番記者として一番やりがいを感じた政治家は誰だったかというと、野中広務氏である。

 野中氏は橋本政権での自民党幹事長代理、小渕恵三政権の官房長官、森喜朗政権における自民党幹事長と、権力の中枢にいて剛腕ぶりを発揮したわけだが、私が担当したのはそのころではない。森政権のあとの小泉政権で、「抵抗勢力のドン」のような存在に位置付けられていたときである。

 ここでは、野中氏の政治家としての実績には立ち入らない。野中氏は衆院議員在職中、永田町の事務所は議員会館だけで、高輪の議員宿舎住まい。政治資金集めのパーティーは一度も開かなかった。衆院の所属委員会にはできるかぎり出席していた。野中氏は情報収集力が武器の政治家で、策士の印象もあったと思うが、生活ぶりや行動は質素できちんとしていた。このため、野中氏とは政治行動で距離のある政治家からも常に一目置かれていた。

 番記者の日ごろの仕事ぶりもよく見ていた。たたきあげの苦労人らしい人情味があった。政治家によっては特定の女性記者にデレデレするようなタイプもいて、見苦しいのだが、野中氏はそういうところが微塵もない人で、番記者への接し方も公平で気持ちがよかった。野中氏は番記者の間ではとても人気があった。

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プロフィール

佐藤安律

Author:佐藤安律
(さとう・やすのり)
ジャーナリスト。1965年生まれ。大阪市立大学法学部卒。産経新聞記者として20年7カ月勤務し、政治部、夕刊フジ、大阪経済部などに所属。政治部では、厚相時代の小泉純一郎元首相、元自民党幹事長の野中広務氏らを担当した。産経新聞の年間連載「こども大変時代」で、取材班としてファイザー医学記事賞優秀賞を受賞。2011年8月からフリーランス。大阪市在住。得意分野は政治全般、日本映画、医療問題。原稿の依頼などコンタクトはyasunori7373@yahoo.co.jp

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