「風の歌が聴きたい」

 トライアスロンに打ち込む若い聴覚障がい者の夫婦の実話に基づく物語だ。全日本トライアスロン宮古島大会(沖縄)のレースの模様に合わせながら、夫婦の出会いから初めての子を授かるまでを描く大林宣彦監督の1998年の作品である。製作はピー・エス・シー=トーシン・エンタープライズ=プライド・ワン。前向きな明るいタッチで、ユーモアと爽快感もあり、数ある障がい者同士の夫婦愛を描いた映画の中でも出色の内容となった。大阪・九条のシネ・ヌーヴォで開催中の特集上映「大林宣彦映画祭」で鑑賞した。

 映画はレース当日の夜明け前、6回連続の完走をめざす高森昌宏(天宮良)が、初の出産を控えて入院中の妻・奈美子(中江有里)に、ファクスで送る手紙を書いているところから始まる。2人のそもそもの出会いは文通だった。

 栃木に住む昌宏は聾学校中等部の生徒だった時、全国の聾学校宛に文通相手を求める手紙を送った。150通の返事が寄せられ、この中から昌宏は写真で北海道・函館在住の奈美子を選び、文通が始まった。昌宏は矢沢永吉の大ファンで、ジェームス・ディーン主演の映画「エデンの東」に感動したことから「ロックン・ローラー・ジミー」、奈美子はミッキー・マウスが好きだったので「ミッキー」とそれぞれ名乗った。2人の文通のやりとりがなかなか笑える。

 2人は高校生の時に初めて対面した。昌宏は、奈美子に「自分は父親公認の不良なんだ」と自己紹介する。他人や社会に平気で迷惑行為をするような悪質な不良では全くないのだが、勉強よりも遊びに熱中し、タバコも吸っていた。昌宏に大きな影響を与えているのは父親だった。父親役は石橋蓮司。

 父親は全国のお祭りを渡り歩く的屋をしているらしく、いかにも豪快そうな人だ。父親は昌宏に、障がいのことは隠すな、人に笑われてもしゃべるようになどと、厳しく教えてきた。この父親がいたからこそ、昌宏は明るく、前向きな考えの持ち主になり、後に出会い、生きがいとするトライアスロンへの取り組みにつながっていくことがわかる。昌宏のキャラクター設定はなかなか面白く、天宮良の好演も光る。

 映画の一つの見せ場は、昌宏が奈美子の誕生日のプレゼントとして小さなオルゴールを手渡すところだろう。オルゴールからは長渕剛の「乾杯」の曲が流れてくる。2人は、オルゴールの振動で曲を聴くのだ。この「乾杯」の曲が後のストーリー展開につながっていく。

 大林監督の作品の中でも特に優れたものは、ファンタジーやノスタルジーの要素が極めて強いという特徴がある。この映画はファンタジーの要素はないし、ノスタルジーもそれほど感じられないが、大林作品の多くで共通する抜群のユーモアセンスは昌宏と奈美子の文通など随所で見られる。初鑑賞だが、ヒューマンドラマの佳作と評価できる好感のもてる映画だった。全編に日本語と英語の字幕が入っている。

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プロフィール

佐藤安律

Author:佐藤安律
(さとう・やすのり)
ジャーナリスト。1965年生まれ。大阪市立大学法学部卒。産経新聞記者として20年7カ月勤務し、政治部、夕刊フジ、大阪経済部などに所属。政治部では、厚相時代の小泉純一郎元首相、元自民党幹事長の野中広務氏らを担当した。産経新聞の年間連載「こども大変時代」で、取材班としてファイザー医学記事賞優秀賞を受賞。2011年8月からフリーランス。大阪市在住。得意分野は政治全般、日本映画、医療問題。原稿の依頼などコンタクトはyasunori7373@yahoo.co.jp

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